天津神明宮‐式年鳥居木曳祭‐「天津には20年に一度の夏がある」

┃鳥居曳20年に1度 鴨川市の天津神明宮「式年鳥居木曳祭」


「房州のお伊勢さん」と呼ばれる鴨川市の天津神明宮。
鳥居を20年に1度建て替える大祭が「式年鳥居木曳祭」です。

氏子らは鳥居木が載った台車を町内会ごとに引き回します。

東組(新町・谷)
中組(仲宿町・橋本町・城戸町・濱町)
西組(引土町・芝町)


天津に産まれて初めて、20年に1度の夏を満喫してきました。

金曜日の夜に、川崎を出発して天津へ到着。


天津の町は祭り1色です。



|鳥居曳き 初日



8時から万燈の町内回りが始まります。


事前にお願いしていた「鳥居曳き 仲橋Tシャツ」に袖を通します。


メイン会場の天津小学校へ出発です。



鳥居木が載った台車です。デカイ!



白・・・氏子
緑・・・氏子以外 保険500円含む
橙・・・寄付した方


芝町内会の山車が、車輪の無い据え置き式ながら60年ぶりに復活。
天津小学校でお披露目されました。


山車は館山・那古方面から購入したと伝えられているという。山車を飾る彫刻は、安房の3名工の一人、初代後藤義光とその門人、孫弟子にあたる後藤義房によるもの。義光が活躍した明治20年代に山車も製作されたと推測され、修復記録の残る昭和8年に義房の彫刻が追加されたとみられている。
当初は、地区の祭礼で引き回されていたが、交通量や電線の増加により昭和30年前後から、人が乗ることができない「笹万灯」と呼ばれる小型の屋台に役目を譲り、山車小屋に飾られるだけの存在となり、40年ごろまでに解体されたという。
解体後、「神功皇后」の人形と、幕を町内会が保存。柱や彫刻の一部については町内の金刀比羅宮兼集会場の部材として使用していた。
同集会場が平成16年に解体され、彫刻や部材が万灯格納庫に移されたことで、山車を知らない世代まで広く存在が知られるところとなり、残された材を使用した復活計画が浮上。式年鳥居木曳祭でのお披露目を目標に、平成26年から町内を挙げての修復に取り組んできた。
最大のネックとなったのが費用で、部材の残っていない車輪回りの修復を断念して費用を圧縮。事業費約275万円のうち250万円を一般財団法人自治総合センターの一般コミュニティ助成事業(宝くじ助成)で確保した。
同町内会の金高浩一会長は「若手から年寄りまで、町内が一体となって山車が形となった。子どもたちも喜んでいるが、夢はまだ半ば。予算の関係で断念した車輪周辺の復元に取り組み、いつの日か町内を引き回したい」と話している。


いよいよ!出発です。



天津の唯一の歩道橋は人だかりです。壊れなくて良かった・・・。



須賀神社前の仮泊所に到着です。



ご覧の人だかりです。


そして、夜は「天津みなと祭り」です。


ふもとっぱらでライブをしている長渕さんも登場!?



仮泊所


仲宿だけが提灯を町内につけ、祭りの雰囲気をより一層盛り立てていました。




|鳥居曳き 二日目


二日目は15時から。先頭を曳かせてもらっています。



日澄寺にはこんな屋台まで出現!



一号木は、中組(仲宿町・橋本町・城戸町・濱町)から東組(新町・谷)へ



私達は夕食を食べ休憩。


そして、夜の鳥居曳きへ。






編集した動画がこちら↓



月曜日までお休みを取っていたんだけども、家族と相談して最終日は参加せずに二日目までとなりました・・・。

日付が変わった午前0時過ぎ、第3号木がも曳き納められたようです。


|大江戸温泉 君津


温泉、食事を満喫して帰路に向かいました。







途中、海ほたるで夏の夕暮れに浸りました。







二十年に一度の大祭。
次は平成47年(2035)です。

曳いて結んで、次の二十年へ……。